REPORT
稽古場レポート
初日まで約2週間となった1月下旬、全キャスト揃っての稽古が公開された。トリプルキャストによる9通りの組み合わせがある本作。今日はどんなアーサー・コナン・ドイルとシャーロック・ホームズとなるのか――。
稽古場には、6名のキャストとともにクリエイティブスタッフが勢揃いしている。そこには、ミュージカル『最後の事件』の“生みの親”であるソン・ジェジュンの姿も。ソンは今作のために長く日本に滞在し、クリエイティブスタッフやキャストと密にコミュニケーションをとりながら本作の舵取りを行っている。この日も、稽古場を歩き回ったり談笑したりと、それぞれのスタイルでリラックスしているキャストに向けて、「今日はコメディーバージョンで稽古しますか?」と声をかけ、笑いを誘う一幕も。今作の翻訳・訳詞・演出補を務める福田響志も、アクティングエリアに入ってキャストとコミュニケーションを図っている。そんな休憩時間を経つつ、稽古開始に向けてキャストたちの集中力は一気に高まっていった。
いよいよ稽古スタート。まずはドイルがホームズを生み出すシーンから。演じるは、加藤和樹×渡辺大輔。執筆デスクに座ってホームズの人物像を構築していく加藤ドイル。その姿は、今まさに冒険に出ようとしている少年のよう。一方、ドイルのペンから生まれてきた渡辺ホームズは、どっしりとした落ち着きを見せる。若々しく、そしてワクワクを抑えられない加藤ドイルに対し、名探偵の風格を備え、高慢ともとれる存在感を放つ渡辺ホームズ。何事にも動じない渡辺ホームズに羨望にも似た眼差しを向けながら、その周りを右に左にと動き回る加藤ドイル。二人が織りなす、このコントラストが面白い。なるほど、加藤×渡辺はこの方向で演じるのかと思いきや、あるやりとりでドイルは創造主としての冷静な一面を見せ、逆にホームズの感情が露わになる瞬間も。ドイルの思考の中に生きるホームズが、もしも現実世界に飛び出してきたら――。この物語の軸を見事に体現するドイルとホームズがそこにいた。
続いては、ドイルとホームズのタッグによって次々と短編が生み出されていくシーン。演じるは、矢崎 広×太田基裕だ。加藤×渡辺によって披露されたシーンから時間が経過しているとはいえ、矢崎ドイルと太田ホームズを観ていると「親友」という言葉が頭に浮かんでくる。みずみずしさたっぷりの矢崎ドイルに、声で動きで、豊かな表情を見せる太田ホームズ。このシーンの稽古では、今日一番の笑いが起きた。二人の快進撃を表すがごとく、シャーロック・ホームズシリーズのタイトルが軽快に紹介されていくデュエット曲。この作品タイトルを、矢崎と太田は体で表現したのだ。これがまぁ、ドタバタで面白い。きっと、その場のひらめきで生まれてくるものなのだろう。矢崎は迷いなく、太田は途中からほうほうの体で。その全てが面白みに溢れており、クリエイティブスタッフ、他キャスト、さらには取材陣からも笑い声が漏れていた。今後、このナンバーの演出がどのように変化していくかはわからないが、期待せずにはいられない。
そんな笑いのシーンから一転、髙橋 颯×糸川耀士郎によって披露されたのは緊迫の場面。この二人、休憩時間中も自席で台本と向き合う姿が強く印象に残っている。ドイルの仕掛けによって追い詰められていくホームズのソロナンバーでは、糸川が稽古後にふともらした「このシーンからはきっつい(笑)」の言葉どおり、ホームズの感情が爆発する。抑制の中にある昂り。いうなれば、“青い炎”だ。続くデュエットでは、髙橋ドイルと糸川ホームズが激しくぶつかり合う。極限とも思える険しさでホームズと対峙する髙橋ドイルからは、ある種の葛藤も見てとれる。これは意志か、固執か。果たして、二人が迎える結末とは――。
こうした稽古の間にクリエイティブ卓に視線を向けると、音楽監督の岩崎 廉、歌唱指導の吉田純也の姿が。非常に複雑な構造になっている楽曲の数々(詳しくは、パンフレットに掲載される岩崎のメッセージをご覧いただきたい)。二人の音楽家が今作のミュージカルナンバーをどのように導いていくのか、こちらも期待が高まる。
稽古後、取材陣からはこんな声が聞こえてきた。「どの組み合わせで観たらいいのか……」。筆者も心の中で大きく同意した。ここまで記してきたレポートは、一つの組み合わせによる、限定的なシーンの断片にすぎない。同じ組み合わせ――たとえば加藤ドイルと渡辺ホームズの人物像は、シーンが進むごとに変わっていくだろう。もちろん他の組み合わせもしかり。さらに、組み合わせが変わることでの変化も、同一コンビが公演を重ねることで生じる変化もあり得るだろう。
さまざまな年代・経歴のキャストがそれぞれのアプローチで役を構築し、真っ向からぶつかり合うミュージカル『最後の事件』。ぜひ、全ての組み合わせによる“対決”を目撃いただきたい。
文:鈴木梨恵
写真:西村 淳